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大阪地方裁判所 昭和43年(ワ)2490号 判決

原告

小山欣子

外一名

代理人

上田潤二郎

被告

藪内俊司

代理人

土橋忠一

主文

一、被告は、

(1)  原告小山欣子に対し金二、三四九、六八八円および内金二、一四九、六八八円に対する昭和四三年八月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員

(2)  原告小山凉子に対し金一、五八一、八八〇円および内金一、四三一、八八〇円に対する昭和四三年八月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員

を各支払え。

二、原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三、訴訟費用は四分し、その三を原告らの、その余を被告の各負担とする。

四、この判決第一項は仮りに執行することができる。

五、ただし、被告において、原告小山欣子に対し金一、二〇〇、〇〇〇円、原告小山凉子に対し金九〇〇、〇〇〇円の各担保を供するときは、右仮執行を各免れることができる。

事実

第一、申立

(原告ら)

一、被告は、

(1) 原告小山欣子に対し金一〇、三七〇、二四六円および内金九、六二〇、二四六円に対する昭和四三年八月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、

(2) 原告小山凉子に対し金五、〇六〇、一二三円および内金四、八一〇、一二三円に対する昭和四三年八月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を

支払え。

二、訴訟費用は被告の負担とする。との判決ならびに仮執行の宣言。

(被告)

一、原告らの請求をいずれも棄却する。

二、訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決。

第二、請求の原因

一、本件交通事故の発生

とき 昭和四二年三月五日午後〇時五〇分ごろ

ところ 堺市八下町一丁目一三一番地先交差点

事故車(イ) 普通乗用自動車(泉五そ六二―五七号)

右運転者 訴外河田弘次

事故車(ロ) 軽四輪自動車

右運転者 亡小山正文

死亡者 右同人

態様 西進してきた(イ)車と南進してきた(ロ)車が衝突した。

二、被告の責任原因

被告は(イ)車を所有しており、同車を訴外畑中清志に貸与したところ、本件事故当時畑中から依頼を受けた河田が被告に(イ)車を返還するため同車を運行していたのであるから、被告は自賠法三条の責任主体に該当する。

〈省略〉

五、被告の主張

(一)  被告は(イ)車を訴外畑中清志に詐取されたものであつて同車に対する支配を有しなかつた。即ち、

(1) 被告は、昭和四二年二月二〇日ごろ畑中の借金の申込みを拒絶したところ、同人がトヨペットコロナ中古車を買うよう執ように迫り仕事の邪魔をする有様であつたので、やむなくこれを二五〇、〇〇〇円で買受けることを約したが、被告において同車を三日間試乗して調べたうえで代金を支払うこととした。

(2) このとき畑中は被告に対し、返還の意思がないにも拘らず、右トヨペットコロナの試乗期間が終ると直ちに返還するから右期間中(イ)車を預ると嘘を言つて、その旨被告を誤信せしめたうえ、(イ)車を持ち帰つた。

(3) 三日後、河田は被告方に赴き、畑中の使者と称し、一寸用事があるからトヨペットコロナを二時間程借りたい旨申込んだので、被告はやむなくこれを承諾してトヨペットコロナを引渡した。

ところが、畑中らは同日中にトヨペットコロナを返還しなかつたので、被告は畑中に対し、トヨペットコロナの売買契約を解除する旨の意思表示をし、直ちに(イ)車を返還するよう請求した。

(4) その後被告は畑中に対し毎日数回に亘り(イ)車の返還を求めたが、同人は一向にこれに応ぜず、行方すら不明であり、被告もようやく詐取されたことに気付き告訴する決意をしていたものである。

(5) なお、畑中および河田は暴力団に所属する組員であり、又、本件事故当時、河田はその妻と親方の子を同乗させて被告方とは逆方向の河田の自宅に向けて(イ)車を運行していたのであるから、被告に返還に赴く途中でなかつたことは明らかである。

以上の如く、被告は畑中に(イ)車を詐取され、同車に対する支配を喪失していたもので、仮りに詐取の主張が認められないとしても、畑中は被告の再々の返還請求を無視拒絶し、河田をして同車を運行させる等擅に(イ)車を運行していたのであるから、被告の支配を排除し(イ)車を自己のために運行に供していたものというべく、被告は(イ)車に対する運行者の地位を喪失していた。

(二)  過失相殺

仮りに右(一)の主張が認められないとしても、正文は(ロ)車を運転して本件交差点に進入しようとした際、(イ)東西路は南北路より幅員が広く且つ折から車が西進してきていたにも拘らず、左方に対する注意を怠たり一時停止もしくは徐行せずに交差点に進入した過失があつた。

第四、証拠〈略〉

理由

一請求原因一の事実(本件交通事故の発生)は、その態様を除き当事者に争いがないところ、〈証拠〉によれば、本件交通事故は原告ら主張の如き態様であつたことが認められる。

二被告の責任原因

(一)  (イ)車が被告の所有に属することは当事者間に争いがない。

次に、〈証拠〉を総合すれば左の如き事実が認められる。

(1)  被告は本件事故当時松原市堀町で個人会社の形態で合板製作販売業(他に父親名義ですし屋も)を営んでおり、本件(イ)車は右営業用に常時使用するため保有していたが、昭和四二年二月二〇日ごろ被告方に来た訴外畑中清志から借金を申込まれたが拒絶したところ、同人は運転してきたコロナハードトップ中古車一台を二五〇、〇〇〇円で買取るよう執ように求めたので、被告において一応右コロナ中古車を三日間預つて所有名義やエンジン等を検査したうえで代金を支払うことにした。すると、畑中は被告の雇人の承諾を得て、被告方工場敷地内にエンジンキーを差したまま駐車させてあつた(イ)車を運転して帰つたが、被告は畑中が帰宅するには自動車を用いるのが便利であり、又コロナ中古車の代金を受取りに来る時に(イ)車を返還するものと思い、特に異議を述べず諒解した。

(2)  二日後、被告は、来訪した河田が畑中の名刺を示して前記コロナ中古車を二時間程借りたい旨依頼したので、これを承諾して同車を貸与したところ、同日中にコロナ中古車は返還されなかつた。そこで、被告は、畑中らの売買の意思に疑問を抱き同年同月二三日ごろ、畑中に会つて、コロナ中古車の売買の申込を拒絶する旨の意思を表示するとともに、直ちに(イ)車を返還するよう求めた。

(3) その後、被告は畑中の居所を確知できなかつたので、畑中の所属している土木建築業松井組事務所宛度々(イ)車を返還するよう畑中に伝える旨を請求したが、返還されないままに経過したので、同年三月三日畑中に対し同人の知人である手束正一を通じ告訴の意思ある旨を伝え強く(イ)車の返還を請求した。

(4) 畑中はこれを承諾し、そのころ、同じく松井組に所属する河田に対し被告に(イ)車を返却することを依頼したので、河田は右依頼により、本件事故当日午前九時半ごろ被告に(イ)車を返還するため同車を運転して出発したが、被告方へは以前一度前記コロナ中古車を借りに行つたことがあるだけなので、途中で被告方への道順を忘れたため、止むを得ず途中から引返し、やや遠廻りして松井組事務所に帰る途中で本件交通事故を発生させた。

(二)  右(一)(二)の事実に基けば、被告は畑中に対し、同人から売却の申込を受けたコロナ中古車を検査する期間中、同車の代りに利用するものとして自己の所有する(イ)車を貸与したものであり、本件事故当時は右検査期間の打切終了後であるが未だ約一〇日しか経過しておらず、しかも河田は畑中の依頼により(イ)車を被告に返還する意思で運行していたものと認められるから、被告は本件事故当時(イ)車の所有者として同車を支配し、その利益の帰属する地位を有していたものと認められる。

しかして、畑中が被告から(イ)車を詐取したとの被告主張の事実を認めるに足りる証拠はなく、次に〈証拠〉によれば、畑中および河田はいわゆる暴力団である松井組の構成員であることが認められ、又、前認定の如く畑中はコロナ中古車の売買契約が不成立に確定後も(イ)車の返還を怠つていた如くであるが、前記の如く右売買契約の不成立が確定後畑中が河田に(イ)車の返還を依頼するまで未だ約一〇日しか経過していなかつたこと、さらに、〈証拠〉によれば、河田は運転資格を有せず、本件事故当時小雨が降つており同人の妻と松井組長の子を(イ)車に同乗させたことが認められるが、〈証拠〉によれば、河田は昭和三九年ごろから事実上常時自動車を運転していて、同僚は河田が自動車を運転できるものと信じており、又本件事故当日(イ)車を返還後は妻と組長の子と一緒にタクシーで帰宅する予定であつたことが各認められるので、右事実から直ちに、畑中もしくは河田において被告の(イ)車に対する支配を排除し、(イ)車を自己の支配管理下に置いたものと推認することはできず、他に前認定を覆えすに足りる証拠はない。

よつて、被告は(イ)車の運行者として自賠法三条に基き原告らに対する損害賠償責任を免れない。

三損害の発生

(一)  逸失利益

亡小山正文は本件事故のため左のとおり得べかりし利益を失つた。

(1)  職業および収入

小山印材製作所に工員として勤務し、一ヶ月五二、〇〇〇円を下らない給与を得ていた。

〈証拠略〉

(2)  生活費

正文は妻原告凉子と子原告欣子を扶養していたことが認められるので、これら事実と正文の職業、収入等を総合すると同人個人の生活費は一ヶ月二二、〇〇〇円を越えなかつたものと認められる。

〈証拠略〉

(3)  純収益

右(1)と(2)の差額一ヶ月三〇、〇〇〇円

(4)  就労可能年数

亡正文の本件事故当時の年令 三〇才

平均余命 41.75年(昭和四二年簡易生命表)

右平均余命の範囲内で六三才までなお三三年間就労し得た筈である。

〈証拠略〉

(5)  逸失利益額

正文の逸失利益の事故時における現価は六、九〇〇、〇〇〇円(ホフマン式算定法により年五分の中間利息控除、年毎年金現価率による。ただし一〇、〇〇〇円未満切捨、以下同じ)

(算式)(年間純益)(ホフマン係数)

360,000×19.18=6,904,800円

(6)  正文と原告らの身分関係および権利の承継

前認定の如く原告凉子は正文の妻、原告欣子は同人の子であり、法定の相続分に基き、原告らは正文の死亡により、右身分関係に基き、正文の被告に対する損害賠償請求権を左のとおり相続したものと認められる。

(イ)原告凉子 三分の一(二、三〇〇、〇〇〇円)

(ロ)原告欣子 三分の二(四、六〇〇、〇〇〇円)

(二)  葬祭費

原告凉子はその主張の如く葬儀費として合計二六三、一三七円を支出した。

〈証拠略〉

右葬祭費は相当な範囲内のものと認められる。

(三)  精神的損害

原告らと亡正文との身分関係は前認定の如くであり、前掲小山証言ならびに原告凉子本人尋問の結果によれば原告ら主張の如き事実が認められ、その他本件全証拠によつて認められる諸般の事情を斟酌すると、原告らに対する慰藉料は、原告両名につき各一、五〇〇、〇〇〇円宛を相当とする。

(四)  弁護士費用

〈証拠〉を総合すると、法律的素養のない原告らは、被告が損害賠償に応ぜず抗争したので、本訴代理人に対し本訴の提起を委任し、着手金三五、〇〇〇円を支払い、および勝訴の場合に成功報酬を支払うことを約したことが認められる。そこで、右認定の事実および本件事案の難易、審理の経過、請求額、認容すべき前記の損害額ならびに当裁判所に顕著な日本弁護士連合会および大阪弁護士会各報酬規定に照らすと、原告らが被告に対し弁護士費用として賠償を求め得べき額は、原告凉子につき三〇〇、〇〇〇円、原告欣子につき四〇〇、〇〇〇円と認めるのが相当である。

四過失相殺

(一)  本件事故の状況

(1)  〈証拠〉によれば左のとおり認められる。

(ⅰ) 本件現場は東西に通じる中央環状線と南北に通じる府道大阪狭山線の交差点で、信号機は設置されておらず、見透は良好で、指定最高速度は毎時四〇キロメートル以下であり、本件事故当時車輛の交通量は少なく、なお小雨が降つていたので、路面は濡れていた。

中央環状線は真中に幅員一五メートルの低地となつた中央分離帯があり、分離帯北側の東行車道め幅員は約10.2メートルで、分離帯南側の西行車道はアスファルトで舗装された二つの車輛通行帯が設けられており、第一通行帯の幅員は3.7メートル、第二通行帯の幅員は3.8メートルで、第一通行帯の南側に幅員3.3メートルの未舗装部分がある。

府道大阪狭山線はアスファルトで舗装されており、幅員は6.5メートルである。

(ⅱ) 河田は(イ)車を時速約五〇キロメートルで運転し、中央環状線の西行車道第一通行帯を進行してきて本件交差点の手前約二四メートルに差しかかつた際、交差点内の中央分離帯の南端延長線附近に一台の大型貨物自動車が南進してきているのを発見したので、やや減速しながら約12.6メートル進行したところ、右貨物自動車が交差点を通過し終つたので再び加速して約11.5メートル進行した時、右前方約4.8メートルの中央環状線西行車道第二通行帯延長上に(ロ)車が南進してきているのを発見したが、何ら避譲措置を採るいとまもなく約4.6メートル進行して、約3.7メートル南進してきた(ロ)車の左側後部に衝突して同車を南西方向に約一一メートル跳ね飛ばして横転させ、亡正文は交差点西南角から約五米西南方へ飛ばされ、なおその附近には同人の脳の一部が点々と飛散し、衝突直後制動措置を採つたところ(イ)車は一旋回しながら約21.7メートル左斜方向へ進行し、東向となつて停止した。

(ⅲ) (イ)車は車体前部が大破し凹歪曲しており、運転不能の状態となり、(ロ)車は車体左側後部に接触痕が認められ、横転し、左後輪が接触の直撃で前開きとなつたため運転不能の状態となつていた。

(2)  亡正文が(イ)車に対する避譲措置を採つたことを認めるに足りる証拠はないが、右(1)の如き本件事故の状況から推せば、正文は(ロ)車を時速四〇キロメートル以下で運転していたものと認められ、『甲一〇号証の一』も未だ右認定を覆えすに足りす、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(二)  過失相殺

右認定の事実に基けば、(イ)(ロ)両車ともに徐行、一旦停止等の措置をなさず、(ロ)車は(イ)車より先に交差点に進入していたものと認められ、又、(イ)車運転者河田において、(ロ)車の先行車である大型貨物車に注意を奪われ、その後続車である(ロ)車に対する注意を怠つたまま指定最高速度を越える時速約五〇キロメートルで進行した過失があつたものと認められるが、他方、亡正文においても自己が明らかに狭路を進行するのであるから西進車の有無を注意するとともに高速度で交差点に進入してくる(イ)車を発見後同車との衝突を避けるため直ちに急停止の措置を採るべきであつたにも拘らず、漫然と西進車に対する注意を怠たり、(イ)車に対する避譲措置を採らないまま進行した過失があつたものと認められる。

よつて、亡正文の右過失の程度ならびに本件証拠上認められる諸般の事情を勘案すると、正文および原告両名の損害についてその五〇パーセントを過失相殺するのを相当と認められる。

五損害填補

原告らが自賠保険金一、五〇〇、〇〇〇円を受領したことは当事者間に争いがなく、原告ら主張の如き充当がなされたことを認めるに足りる証拠はないが、自賠保険金の趣旨ならびに弁論の全趣旨によれば、右自賠保険金は弁護士費用を除くその余の損害にその債権額に応じ左のとおり充当されたものと認められる。

(1)原告凉子につき 五九九、六八八円

(2)原告欣子につき 九〇〇、三一二円

六結論

以上により、原告らの本訴請求は、被告に対し、原告凉子が右三(一)ないし(三)、(ただし、いずれも右四で過失相殺した額、右三の元本債権については以下同じ)の合計金から同五(イ)を控除した残額金一、四三一、八八〇円と同三(四)との合計金一、五八一、八八〇円、原告欣子が右三(一)(三)の合計金から同五(ロ)を控除した残額金二、一四九、六八八円と同三(四)との合計金二、三四九、六八八円を、遅延損害金についてはいずれも弁護士費用を除く原告凉子が金一、四三一、八八〇円、原告欣子が金二、一四九、六八八円につき被告に対する昭和四三年八月二二日付請求の趣旨訂正申立書送達の翌日である同年八月二三日から各支払ずみまで民事法定利率の年五分の割合による金員の各支払を求める限度で正当として認容し、原告らのその余の請求をいずれも失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行ならびに同免脱の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。(本井巽 寺本嘉弘 大喜多啓光)

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